君たちより面白くない作品がたくさんありますので、その作者たちがどのように制作しているか勉強していってください  
 
 「君たちより遅い選手がたくさんいますので、その選手たちがどのように練習しているか勉強していってください」。高校生時代に順天堂大学陸上競技部の練習に参加させていただいた際の当時の順天堂大学陸上競技部監督の澤木啓祐氏(現日本陸連強化委員長)からの言葉であった。
  ウォーク、ジョッグ、準備体操、ストレッチ、腿上げ走、膝下振り出し走、腰ツイスト走、踵引きつけ走、流し、スパイク流し、スタートダッシュ30メートル×10・50メートル×10・70メートル×10、加速走100×5、コーナー走200×5、バイク走100メートル×10、インターバル200メートル×20(2セット)、300メートル走(39秒を切れるまで)、クールダウン、ジョッグ、ウォーク、体操、ストレッチ。日々、練習を次々にこなし、身体が全力を出せるよう準備し、自分自身の最速の動きを確認して、その後その最速を超えるための未知の世界にいく、未知の自分に出会うための儀式がはじまる。バイクに引っ張られながら100メートルを10秒以内で走るバイク走、ダッシュとジョギングを永遠に繰り返すインターバル、ダッシュと休憩を繰り返すレペティション、そして練習の最後に39秒を切れるまで何度も挑戦する300メートル走(はじめに39秒を切れなければずっと切れる訳がない)など、毎日様々な儀式を体験する。簡単に未知の世界にいくことはできないにもかかわらず、未知の世界にいく練習を繰り返し、100分の1秒早い未知の世界に飛び込めたことに全力で喜んだ。
  順天堂大学ではいつもの日々には到底見ることができない未知の世界が待っていた。高校よりさほど離れていない距離に位置していたにもかかわらず、見たことのない世界が眼前に連続して横たわっており、次から次に幾重にも新世界がつくられ続けていた。100メートル、高跳び、幅跳び、110メートルハードル、400メートル、800メートル・・・。入部したばかりの1年生仲村明氏(現順天堂大学駅伝監督)はじめ、全国の新世界創作者がビュンビュンと現実世界を超えていっていた。
  そんな新世界が増産される中の澤木啓祐氏の言葉であった。丁寧なジョギング、入念なストレッチ、率先してのスターティングブロックの準備、先輩への気配り、腕の振りや腰の切れなど細かな走りの確認、その都度のグラウンド整備など、見過ごされがちな世界が、スターの新世界創作と同時に巻き起こっていた。澤木啓祐氏の言葉を聞いてすぐに意味を飲み込めずに軽く流し、未知の世界に飛び込みたいと練習に没頭していたが、入念に丁寧に練習する大学生に目がいった。遅い選手と言われていた大学生の動きを目の当たりにすると、新世界が増産されるどころではない衝撃が走った。いつも自分はどこに向かって走っているのか。たまたま未知の世界に飛び込む程度のいつもの世界の奥に必ずある新世界にいくことが楽しいことなのか、重要なことなのか、と。
  澤木啓祐氏の言葉が、通常の未知の世界検索ルートでは見ることができない隠れた次元に入り込むひっそりと佇むメインストリートであった。その後、まだ見えていないだけでつながっている次の世界に飛び込むことよりも、隠れた次元に届くために、本当のメインストリートを走れるように、アクロバティックではなく、淡々と必要なことのために見たり、聞いたり、動いたりすることを最善とする意識が芽生えた。
  これがきっかけとなって、作品制作をしているというわけではないが、作品制作にしても、人との会話にしても、未知の世界に到達しようと故意にアクロバティックを狙うのではなく、その場の状況を丁寧に観察しながら、淡々と毎日を見ようと心がけている。澤木啓祐氏の言葉を作品制作に置き換えてみる。「君たちより面白くない作品がたくさんありますので、その作者たちがどのように制作しているか勉強していってください」。なかなか面白くない作品の作者を自覚するのは難しいが、自覚を意識しながら、隠れたメインストリートにたどりつけたらと思う。

関連作品 「追い風に乗ってねらえ世界新9秒78」(2001年)

 

京都芸術大学通信教育部補助教材『雲母』3・4月合併号(掲載内容から一部修正) 
芸術時間
発行  2009年2月
編集、発行 京都芸術大学通信教育部

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